白菜のうま煮は冷めてもよし

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白菜の旨煮

うま煮の陰謀説はつきない

うま煮。白菜のうま煮、じゃがいものうま煮、卵と鶏のうま煮、きんぴらのうま煮……。もう、ウマイに間違いない料理たちだ。なぜなら名前がすでにウマイを物語っている。「うま」とついているからウマイに決まっているのだ。小学生の時に、給食の献立に「○○○のうま煮」を見つけると狂喜乱舞し、随喜の涙を流したのは言うまでもない。うま煮という名称は、子ども(私)を学校に誘う媚薬的響きを大いに持っていた。学校嫌いの私をムリから教室へ向かわせるために、教育委員会と給食委員会の見事なタッグによる陰謀でもあったろう(たぶん)。うま煮がある日は、なんとしても学校にいかねばならない日だったのである。

さて、うま煮の定義であるが、おいしい煮物であれば「うま煮」の称号が与えられると勝ってに思っていた。しかし、ネットで検索すると「甘辛く煮たもの」「甘みを強くして煮たもの」とあって、私の記憶と異なっている。大根や白菜など、おいしいダシが染み込んだのもうま煮ではなかったろうか。なかには、うま煮(煮しめ)と、うま煮と煮しめを同じ料理として説明しているのもあったが、それには断固として反対したい。例えば、根菜のうま煮は、ごぼうや筍、人参などが、お鍋の中でマイムマイムを踊りながら、やさしくおいしく、うまくなっていくイメージである。一方、煮しめは、何やら苦役のようであり、かつ根菜類たちが「こんなの、やってられねえ」と叫びながら、鍋の中で働かされながら、調理されるイメージである。

だからうま煮と煮しめは決して相容れることはない。うま煮として調理された人参は、世界の子どもたちに愛されるが、煮しめとして調理された人参は、避けられてしまう。それくらい差があると、個人的には言ってもいいのではないだろうか。

さて、前置きが長くなったが、白菜のうま煮は王道中の王道を行く料理である。脇役にもなるが主役にもなる白菜をして白菜たらしめたる料理であろう。ごはんにも合うが、冷たくなった白菜のうま煮と日本酒の取り合わせもいい。名脇役である油揚げと合わせてうま煮にすると、アカデミー賞の海外部門を総なめにするレベルであること間違いない。

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