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科学と社会をつなぐサイエンスコミュニケーターという仕事

サイエンスコミュニケーション

科学技術は、私たちの生活を豊かにし、社会の課題を解決する力を持っています。しかし、その進歩が早いほど、専門家と一般市民とのあいだに「理解のギャップ」が生まれます。この隔たりを埋め、科学をより身近に、より対話的に伝える役割を担うのがサイエンスコミュニケーター(SC)です。

この記事では、SCの役割や求められるスキル、国内の育成プログラム、そして今後の社会で果たすべき使命について、具体的な事例とともに紹介します。

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なぜ今、「科学を伝える人」が必要なのか

科学の進展が早まるほど、社会との距離が広がります。専門家と市民の間にある「情報ギャップ」をどう埋めるか――その答えを探るのがサイエンスコミュニケーションです。

科学と社会の間にある「情報ギャップ」

地震防災、地球温暖化、遺伝子組換え作物、新型感染症――こうした課題は、もはや専門家だけの問題ではありません。科学と社会がよりよい関係を築くためには、「知識を伝える」だけでなく、「ともに考える」ことが求められます。

かつては、専門家が知識を市民に一方的に伝える「欠如モデル(deficit model)」が主流でした。しかしこの手法では、市民の理解や参加が深まらないという限界が明らかになり、2000年代以降、「双方向的コミュニケーション」へとパラダイムが転換しました。

サイエンスコミュニケーターとは何者か

SCとは、「科学技術の問題をめぐって、専門家と非専門家の間をつなぐ人」。新聞記者や科学館職員、研究広報担当者など、職種を超えてこの役割を果たす人を指します。

ただし現代のSCは、単なる「職業名」ではなく、「社会的役割」として位置づけられています。研究者自身が一般市民に研究成果を語るときも、市民が科学に関する議論に主体的に参加するときも、その瞬間にSCとしての役割を担っているのです。

広がる活動の場:サイエンスコミュニケーションの多様なかたち

サイエンスコミュニケーションは、科学を「教える」活動にとどまりません。イベントや展示、出版、地域連携など、あらゆる場で人と科学をつなぐ試みが行われています。

「コンテンツ」と「場」をつくる仕事

SCの活動は多岐にわたります。科学を伝えるための「コンテンツづくり」と、対話を生む「場づくり」――この二つの軸がその中心にあります。

分野 主な活動内容
トークイベント 講演会・討論会・ワークショップ・サイエンスカフェなど
展示・ショー 科学館展示、サイエンスショー、プラネタリウム、アート連携
出版・報道 科学ニュース、専門書・翻訳、Web記事
学習・体験 学校授業、実験教室、工場見学、ボランティア活動
行政・参画 パブリックコメント、コンセンサス会議、リスクコミュニケーション

地域とつながる:CoSTEPの事例

北海道大学のCoSTEP(科学技術コミュニケーター養成ユニット)では、受講生が自ら企画・運営する「サイエンスカフェ札幌」を毎月開催。研究者と市民がコーヒー片手に語り合うこの取り組みは、双方向の対話を生む場として全国的に注目されています。

また、北海道で実施された「遺伝子組換え作物の栽培についてのコンセンサス会議」では、市民参加による討議を通じて、行政と住民が科学技術を共に考える新しい枠組みが実践されました。

サイエンスコミュニケーターに求められる4つの力

SCは単なる説明者ではなく、科学と社会を結ぶ「翻訳者」であり「場のデザイナー」。そのために必要な4つの力とは、知識、対話力、企画力、そして実践力です。

日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)は、SCに必要な能力を次の4つに整理しています。

  1. 専門知識と文脈理解力
    科学の専門性だけでなく、「なぜそれが社会に重要なのか」という文脈を伝える力。
  2. コミュニケーション能力
    科学を一方的に「教える」のではなく、対話を通じて共に考える力。
  3. マネジメント・企画力
    イベントやワークショップを立案し、資金調達や人材ネットワークを構築する力。
  4. 実践力
    実際にサイエンスカフェや展示などを企画・運営し、社会に実装する力。

これらの能力は、単なる説明スキルではなく、社会と科学を結びつけるための「翻訳」と「場のデザイン」に関する力といえるでしょう。

育成の現場:日本のサイエンスコミュニケーション教育

サイエンスコミュニケーターの養成は、大学や博物館を中心に全国で進められています。実践と地域連携を重視した日本独自の教育モデルが特徴です。

大学におけるSC育成

文部科学省の支援により、北海道大学・東京大学・早稲田大学では2005年度からSC養成が始まりました。特にCoSTEPは、大学院生から社会人まで幅広く受け入れ、実践を重視したカリキュラムを提供しています。

  • 双方向的な対話重視の授業
  • 現場での実習・プロジェクト(OJT)
  • 地域と連携したSC活動

修了生は、研究広報や博物館、自治体、メディアなど多様な分野で活躍中です。

国立科学博物館の養成講座

2006年から始まった「サイエンスコミュニケーター養成実践講座」は、11年間で256名の修了生を輩出しました。プログラムは「深める」「伝える」「つなぐ」「活かす」の4テーマに基づき、理論と実践の両面からSCを育てています。

「伝える」から「共に考える」へ:コミュニケーションの技術

科学を社会に伝えることは、単なる情報発信ではありません。誤解を避けつつ、興味を喚起し、対話を促す――その技術がSCには求められます。

研究者が直面する課題

専門的な研究成果を一般向けに伝えることは容易ではありません。誤解や批判を恐れて発信を控える研究者もいます。しかし、社会に開かれた科学のためには、「正確さ」と「親しみやすさ」を両立する工夫が欠かせません。

SCが磨くべき3つの技術

  • 要点を一言で伝える力:専門的な情報を「一言で伝わるフレーズ」に凝縮する。
  • 知識のギャップを埋める力:単なる知識伝達ではなく、背景や意義を共有する。
  • 文脈に応じた表現力:誰に・どの場で・どのように語るかを意識する。

比喩やストーリーテリングを活用し、科学を文化として社会に根づかせることが、SCの重要な役割です。

未来への展望:知の循環社会をめざして

サイエンスコミュニケーションは、一方的な啓蒙ではなく、知識を社会で循環させる仕組みを築く活動です。SCはその中核として、人と人、知と知をつなぎます。

知をつなぐ「循環の仕組み」

SCの究極の目的は、科学と社会の関係を持続可能な形で循環させることにあります。研究者、市民、メディア、行政――それぞれの立場が対話を重ね、互いの知を交換し続ける社会。それが「知の循環型社会」です。

人材の育成と制度の課題

育成されたSC人材が活躍できる場を整えることも重要な課題です。大学や研究機関の広報職、公的研究支援機関、地方自治体などが連携し、SCが持つスキルを社会に活かせるような仕組みづくりが求められています。

資格認定制度の役割

日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)は、実践的な活動経験を持つ人を認定する制度を運営しています。この制度は、SCという「職能」を社会的に可視化し、専門性を証明する仕組みとして機能しています。

あなたもサイエンスコミュニケーターになれる

サイエンスコミュニケーションは、特別な資格がなくても始められます。研究者や教育者だけでなく、日常生活の中でも誰もが科学と社会をつなぐ一員になれるのです。

科学的な話題に関心を持ち、ニュースやイベントでの議論に耳を傾けること。SNSで情報を発信したり、地域の科学イベントに参加したりすること。それが、あなたにできる最初の一歩です。

一人ひとりの関心と対話が、科学と社会をより良い関係に導きます。
あなたも今日から、「科学の案内人」として歩み始めてみませんか。

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