
会議を開けば、話し合いは前に進む。社会人になったばかりの私は、どこかでそう思っていました。
ところが、開園したばかりのインターナショナル幼稚園で待っていたのは、そんな常識がまったく通用しない職員会議です。
日本で幼児教育を学んだ私と、それぞれ異なる経験や考え方を持つ外国人先生たち。しかも、開園直前になっても保育方針や役割分担さえ十分に共有されていません。
会議は、集まってから考える場所ではありません。本来は、共有したい課題を持ち寄り、意見を出し、次の行動を決める場所です。
そんな当たり前のことに気づくまでに、私は何度も「話し合っているのに何も決まらない」という経験をすることになります。
この物語は30年以上前の体験をもとにしたフィクションです。社会情勢や働き方、教育環境、制度などは現在とは異なります。登場人物や設定の一部は創作しています。
今回は「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」インターナショナル幼稚園編のSTORY 02です。前回までの流れはインターナショナル幼稚園に就職したSTORY 01からご覧いただけます。
人物関係がわからなくなったときは、インターナショナル幼稚園編の登場人物紹介もあわせてどうぞ。
入園式が終わっても、肝心の保育方針が決まっていない
嵐のように過ぎ去った入園式
入園式当日は、絵に描いたような快晴でした。
けれど、私をはじめ、園児も保護者も先生たちも緊張を隠せません。県内ではまだ珍しかったインターナショナル幼稚園ということもあり、来賓だけでなくメディアの姿もありました。
ところが、肝心の入園式について、私はほとんど覚えていません。
「失敗してはいけない」と無我夢中だったのでしょう。気がつけば園庭で記念写真を撮っていました。
写真撮影が終わり、外国人先生たちが取材を受ける横で、私は保護者と園児を見送ります。
ようやく人影が少なくなってきたところで、私は考えていました。
「これから職員会議だろう」
なぜなら、決めなければならないことが山ほど残っていたからです。
ところが、予定されていたのは会議ではなく、みんなでの昼食でした。
もちろん親睦も必要です。でも、初登園は目前です。カリキュラムすら十分に共有できていないのに、のんびり食事をしている場合なのだろうかと、私は気が気ではありませんでした。
そして食事が終わると、そのまま現地解散。
「えっ、会議は?」
声には出さなかったものの、頭の中は疑問符だらけです。
そんな私の焦りを察してくれたのが、アダム園長でした。
待ちに待った職員会議。それでも初日は時間切れ
園児が初めて登園してくるまで、あと3日。
アダム園長の働きかけもあり、ようやく入園式翌日に職員会議が開かれることになりました。
外国人先生たちと日本人教諭の私との間には、大きな言葉の壁があります。今のようにスマートフォンで瞬時に翻訳できる時代でもありません。
お互いに簡単な意思疎通はできても、教育観や保育方針のような複雑な話になると、自分の考えを正確に伝えるのは簡単ではありませんでした。
そこで頼りになるのが、日本語と英語の両方を話せるアダム園長です。
園長が到着すると、ようやく会議が始まりました。
登園時の受け入れ、トイレの使い方、園児一人ひとりの棚や靴箱、教材の保管場所、送迎バスに誰が添乗するのか……。
話し始めれば、決めるべきことはいくらでも出てきます。
一つずつ確認しているうちに、その日の会議は終了。日常業務についてはいくらか形になったものの、肝心の「どのような保育をするのか」という部分までたどり着けませんでした。
園児がやってくるまで、あと2日です。
振り返れば、この時点で「何を決める会議なのか」「今日どこまで決めるのか」を事前に整理しておくだけでも、結果はかなり違ったと思います。
会議が決裂した理由は「文化の違い」だけではなかった
日本式の細かな保育計画が伝わらない
会議2日目。今度こそ保育内容を決めなければなりません。
当時、私が学校で学んできた保育では、年間の計画だけではなく、月、週、一日と細かく計画を立てていく考え方が基本でした。
ところが、その考えを外国人先生たちに説明しても、なかなか納得してもらえません。
「一日の大きな流れが決まっていれば、それでいいのではないか」
外国人先生たちには、そんな感覚がありました。
私としては、日本で生活する幼児を預かる以上、自分が学んできた保育の知識も取り入れながら、安全に運営できる計画を作りたい。
アダム園長も説明を重ねますが、話し合いは平行線をたどりました。
「契約時に聞いていない」の一言で空気が変わった
そんななか、最初にはっきり異議を唱えたのがラフィでした。
「日本式の保育をするとは、契約するときに聞いていない」
その言葉をきっかけに、ベスも別の意見を出します。日本の方法に合わせるのではなく、自分たちが経験してきた保育を取り入れるべきだという考えです。
日本で暮らした経験のあるトニーは比較的こちらの説明を理解してくれましたが、全員の合意には至りません。
当時の私は「どうしてわかってくれないのだろう」と焦っていました。
でも、今振り返れば、問題を単純に「日本人と外国人の文化の違い」と片付けることはできません。
そもそも採用時に、園側がどのような保育を目指すのか、どこまでを職務として求めるのかが、十分に共有されていなかったのです。
働く側が想定していた仕事と、経営側が期待していた仕事にズレがあれば、会議の席で初めて説明されても簡単には納得できません。
この「契約と仕事内容のズレ」は、その後も何度となく問題になります。シリーズ後半の外国人教師との契約をめぐるエピソードにもつながっていきます。
議題を事前共有しない会議は「説明会」になってしまう
当時の職員会議を振り返って強く感じるのは、議題の事前共有がほとんどなかったことです。
参加者は会議の席に着いてから初めて話題を知り、その場で内容を理解し、その場で意見を考え、その場で合意まで求められます。
しかも私たちの場合は言語の違いまでありました。
これでは話し合いが長引くのも当然です。
会議の前に「何について話すのか」「なぜ決める必要があるのか」「どこまで決定したいのか」を共有しておけば、参加者はあらかじめ考えることができます。会議を説明の時間ではなく、問題解決の時間にしやすくなります。
特に、価値観や専門分野、母語が異なるメンバーが働く職場では、「言わなくてもわかるだろう」という前提は通用しにくくなります。
これはインターナショナルな職場に限った話ではありません。
営業と制作、経営者と現場、新人とベテラン。本来持っている情報や立場が違えば、同じ日本語を話していても認識はずれます。
職員会議最終日。優先したのは「完璧」より安全だった
そして迎えた会議最終日。
翌日には、いよいよ園児たちが登園してきます。
それなのに、先生全員が同じ方向を向いているとは、とても言えない状態でした。
経営者である田村理事長にも、アダム園長にも、本格的な幼児教育の経験はありません。
日本で幼児教育を専門的に学んでいたのは私だけ。しかし、その私も新卒です。現場経験と呼べるものは教育実習程度でした。
先輩教諭はいません。
教えてくれる人もいません。
外国人先生たちとは、細かな気持ちまで自由に伝え合えるほどの語学力もありません。
「こんな環境で、本当に明日から保育ができるのだろうか」
考えれば考えるほど不安になりました。
それでも、一つだけ譲れないことがありました。
子どもたちが安全に過ごせる環境を作ることです。
理想的なカリキュラムを完成させる時間はありません。全員の教育観を一致させることも無理でしょう。
ならば、最低限必要なことから決めるしかありません。
アダム園長に通訳してもらいながら、何度も意見を交わしました。
方向性がようやく見えてきた頃には、外はもう夕方です。
最終的に決まったのは、ごく簡単な一日の計画と、年齢別の目標でした。
完璧とはほど遠いものです。
それでも「まずは1か月やってみよう」と言えるところまでは、なんとかたどり着きました。
会議で大切なのは「集まること」ではなく「次の行動を決めること」
社会人1年目だった私は、会議とは「全員で集まって話すもの」くらいに考えていました。
しかし、この経験から少しずつ考え方が変わっていきます。
会議の目的は、話すことではありません。問題を共有し、必要な判断をして、次に誰が何をするのかを決めることです。
そのためには、会議が始まる前の準備が欠かせません。
- 議題を明確にする
- 必要な情報を事前に共有する
- 参加者が考える時間を確保する
- 会議では意見と論点を整理する
- 最後に決定事項と担当者を確認する
今なら、そんな進め方を考えられます。
けれど当時の私は、短大を出たばかりの20歳。自分のことで精いっぱいでした。
そして、本当に大変なのはこれからです。
翌朝、ついに園児たちが登園してきます。
会議でどうにか形にした計画は、現場で通用するのでしょうか。
答えは……。
想像以上の大混乱でした。
次回、オール英語の職員会議で議事録を任される
園児を迎えた初日は、泣き声が途切れないほどの大騒ぎになります。
そして保育終了後、今度は外国人先生たちによるオール英語の職員会議がスタート。
そこで英語力に自信のない私に命じられたのは、まさかの「議事録係」でした。

シリーズ全体の背景や、その後20年以上英語教育に関わることになった経緯は、「英検2級でも英語を仕事にできた」これまでのキャリアでも紹介しています。
「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」は、高山杏の体験をもとに再構成したフィクションです。登場人物名や一部の設定は架空のものです。
