英語だけで進む職員会議。しかも、議事録を担当するのは英検2級の私。
インターナショナル幼稚園が開園した初日。子どもたちの泣き声に圧倒され、外国人先生も日本人スタッフも疲れ切っていました。
そんななか、保育終了後に開かれた職員会議で、私は思いがけず書記を任されることになります。
頼みの園長は不在。飛び交う英語は聞き取れず、辞書を引く余裕もありません。
英語力に自信のない私が、どうやって会議の内容を記録すればいいのでしょうか。
この物語は30年以上前の出来事をもとにしています。当時の社会情勢や職場環境は、現在とは大きく異なります。時代背景を踏まえてお楽しみください。
※初めてお読みになる方は、登場人物紹介もあわせてご覧ください。
初登園の朝。外国人先生を前に泣き叫ぶ子どもたち
インターナショナル幼稚園が、いよいよ開園しました。
ゴールデンウィークまでは9時から12時までの半日保育。園バスの運行も連休明けからと決まっていたので、初日はスタッフ全員で園児たちを出迎えることができました。
登園してきた子どもたちは、最初こそ笑顔を見せていました。しかし、2歳児や年少児のほとんどは、集団生活を経験したことがありません。
保護者と離れるだけでも不安な年齢です。教室の前で待つ外国人先生の姿を見て、泣き出す子が続出するだろうとは予想していました。
そして、その予想は見事に的中します。
一人が泣き出すと、その声につられて別の子も泣き始めます。ご機嫌で保護者から離れた子まで、周りにつられて大泣き。
あっという間に、園内は子どもたちの泣き声でいっぱいになりました。
私にとっては想定の範囲内でしたが、外国人先生たちは違ったようです。目の前の光景に困惑し、ただ呆然と立ち尽くしています。
4歳児と5歳児は、日本人スタッフの声掛けでなんとか教室に入ることができました。
ところが、年少児、ましてや2歳児は、そう簡単にはいきません。
保護者から離れられない園児たち。初日から前途多難
保護者に抱かれている子に手を差し出しただけで、噛みつかれる始末。
靴を脱ごうともせず、保護者以外とは目も合わせない子もいます。数名は、保護者に抱かれたまま教室に入りました。
外国人先生は、なんとか子どもたちを落ち着かせようと笑顔で話しかけます。
けれど、あやせば泣き、泣けばまたあやす。その繰り返しです。
結局、初日は子どもたちを泣かせただけで終わってしまいました。
降園後もしばらく耳の奥がジンジンするほどの泣き声。スタッフは全員、疲れ切っていました。
しかし、明日も保育は続きます。
今日の反省点を共有し、明日からどう対応するのか。話し合いを避けて通るわけにはいきません。
外国人先生も終日勤務の契約だったので、昼食後に職員会議を開くことになりました。
このときの私は、保育中の混乱など、まだ序の口だったことを知りませんでした。
園長が来ない! 頼れる通訳もいない職員会議
ランチタイムが終わり、職員会議が始まります。
席に着いたのは、ラフィ、ベス、トニー、田村理事長、百合さん、そして私の6名。
ところが、朝から何度も姿を見かけていたアダム園長がいません。
「Where is the principal?」
ラフィが園長の居場所を尋ねると、田村理事長はあっさりと不在を告げました。
その場にいた全員が、思わず目を丸くします。
すると、隣に座っていた百合さんが私に耳打ちしました。
「彼は他に仕事を持っているの。ここに来られるのは月に1回くらいね」
えっ、月に1回?
開園初日から、頼みの園長がいないなんて。
日本語を理解できない外国人先生が中心の職場です。せめて会議のときくらい、英語に堪能な園長がいてくれると思っていました。
進行役の田村理事長は、英語が得意というわけではありません。簡単な日常会話ならともかく、保育上の問題や改善策を話し合うには心もとない英語力です。
私のほうが、まだ少しは話せるかもしれません。
これでどうやって会議を進めるのでしょう。
「会議の内容を記録しておきなさい」突然の書記指名
そんな私の不安をよそに、田村理事長は会議を始めようとします。
そして、私に向かって言いました。
「全職員で共有するから、会議の内容を記録しておきなさい」
……私が書記?
ただでさえ、英語を聞き取るだけで精いっぱいなのに。それを記録して、全職員に共有する議事録にまとめろというのです。
一気に頭の中が真っ白になりました。
しかも、誰も私の英語力を気にしている様子はありません。
私は慌てて、研修中から手放せなかった和英辞典と英和辞典を取り出しました。
この2冊だけが、今の私の頼みの綱です。
オール英語の会議で議事録を書くなんて、私には無理!
会議が始まると、外国人先生たちから次々と意見が飛び出しました。
初日の保育で困ったこと。子どもたちへの接し方。明日から改善しなければならないこと。
話し合うべきことが山ほどあるのは、私にもわかります。
でも、会議の内容を理解することと、発言を聞き取りながら記録することは、まったく別の話です。
ただでさえ早口のラフィは、勢いよくまくし立てています。
集中して聞いていても、すべてを理解するのは難しい相手です。それなのに、書記を務める私への配慮などありません。
辞書で単語を調べている間にも、話はどんどん先に進みます。
わからない単語を調べる。顔を上げる。次の発言を聞く。また書く。
その繰り返しをしているうちに、今度は何について話しているのかさえ、わからなくなってしまいました。
もう、どうしようもありません。
聞こえた英単語を書き殴るだけで精いっぱい
とにかく、聞こえてきた単語を書き留めるしかありませんでした。
発言者の名前を書き、その横に英単語や日本語を並べていきます。
でも、前後のつながりまでは理解できません。
これでは議事録どころか、会議のメモとしても怪しいものです。
ふと田村理事長を見ると、笑顔で「Ah〜ha〜」と相槌を打っています。
本当に理解できているのでしょうか。
明日以降も保育は続くというのに、こんな状態で大丈夫なの?
私の中で、ふつふつと怒りが湧いてきました。
もちろん、私にだって伝えたいことはあります。初日の保育を振り返って、改善したい点もありました。
けれど、今ここで口を挟めば、その間の会話を聞き逃してしまいます。
質問する余裕も、自分の意見を伝える余裕もありませんでした。
私はただ、目の前のB5ノートに必死でペンを走らせ続けました。
会議が終わっても帰れない。手書きの議事録と格闘する夜
そうこうしているうちに、あっという間に退勤時刻です。
結局、私の意見は何一つ伝えられないまま、職員会議は終了しました。
外国人先生たちは勤務契約どおり、そそくさと職員室を後にします。
一方、私の仕事はまだ終わっていません。
机の上には、英単語と日本語が乱雑に並んだB5ノート。
これを、全職員が読める議事録にまとめなければならないのです。
誰もいなくなった職員室で、私は一人、ノートとにらめっこを始めました。
まず、書き留めた単語を見返し、どんな話をしていたのか思い出します。
意味のわからない英単語は辞書で調べ、日本語に置き換えていく。発言の前後関係を考えながら、少しずつ文章にしていきます。
けれど、作業は遅々として進みません。
そもそも会議中に理解できなかった内容を、断片的なメモだけで正確に再現できるはずがありません。
あの発言は、いったい何を意味していたのだろう。
これは誰の意見だったっけ。
明日から実施することなのか、それとも単なる提案なのか。
考えれば考えるほど、わからないことが出てきます。
今のように翻訳アプリやAIがある時代ではありません。パソコンはおろか、ワープロもそれほど普及していなかった頃のことです。
2冊の辞書を何度も引きながら、手書きで議事録を作るしかありませんでした。
ようやく議事録が完成したのは、20時過ぎだった
気がつけば、すっかり夜になっていました。
なんとか議事録らしい形にまとめられたのは、20時を過ぎてからです。
朝から子どもたちの泣き声に包まれ、午後は英語の会議に振り回され、夜は辞書とノートを相手に格闘する。
開園初日から、これほど疲れるとは思ってもいませんでした。
それでも、明日はまた子どもたちが登園してきます。
今日の反省を生かすためにも、職員同士で情報を共有しなければなりません。
そう頭ではわかっていても、私の英語力で、この仕事を続けていけるのだろうか。
不安ばかりが募ります。
そして、この手書きの議事録は、その後も私の体力と気力を奪っていくことになるのです。
続く。
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会議の準備や進め方については、会議を問題解決の場にするための考え方もあわせてご覧ください。
物語を最初から読みたい方は、「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」からどうぞ。
「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」は、主人公・高山杏の体験をもとにしたフィクションです。登場人物や設定は架空のものです。


