新しい働き方へ! 戦国時代も変化した多様な働き方

仕事のスキルアップ
働き方の変化を読む方法

はじめに 戦国時代の武将に学ぶ、新しい働き方とは

新しい働き方について考える人が増えています。新型コロナの流行でリモートワークやテレワークも馴染みのある働き方になりました。一方で、働き方改革やアフターコロナと声高に叫ばれても、古い働き方からの脱却は難しいのではと疑っている人もいるでしょう。確かに、「新しい時代だから新しい働き方なのだ」という考えは、少々単純で、根拠が不足しています。今回は、なぜ新しい働き方や組織作りが求められるのかを、歴史を題材に考察します。競合に勝る強い仕組みづくりにもなるはずです。

新しい働き方が求められる理由を歴史から考える

アフターコロナでリモートワークは定着するか?

新しい働き方として、まず挙げられるのがリモートワークです。テレワークとも呼ばれる場所を選ばない働き方は、働き方改革の推進に新型コロナの流行もあって、新しい時代の働き方として多くの企業が注目。東京商工リサーチが行ったアンケート調査では、在宅勤務・リモートワークを実施した企業は18,002社のうち56.42%(10,156社)でした。しかし、緊急事態宣言の解除後の動向調査では、在宅勤務・リモートワークの継続を「しない(予定含む)」と回答した企業が、10,139社のうち31.56%(3,200社)にのぼります。古い働き方からの脱却は、やはり難しいのでしょうか。

信長、秀吉、家康の時代における働き方の変化

時代が大きく変化するとき、古い働き方は新しい働き方へと変わります。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が君臨した戦国時代末期から江戸時代初期を例にしましょう。半世紀という短い期間に国の統治システムが3度も変わったことから、働き方も次のように変化しました。

●信長時代の働き方

外政や内政、合戦で休む間もないほど大忙し。天下統一に向けて有力武将を東西南北に派遣したため、各方面で熾烈な出世競争も勃発。成果を上げれば百姓出身でも城持ち大名に抜擢される一方、仕事ができなければ先祖代々の家臣でも容赦なく解雇された。

●秀吉時代の働き方

大名が豊臣家の家臣となったため、働き方も一新。個別に仕事に取り組んで出世を試みていた働き方が、より大きな成果を出せるように垣根を越えて協力するように。例えば朝鮮出兵では、渡海して戦うグループと内地に残って兵站を管理するグループに各大名が分かれて、それぞれの役割を担当した。

●家康時代の働き方

各大名が譜代や外様に分類され、それぞれに領地が与えられる。旗本制の導入など、一介の武士の身分も細かく統制された。さらに士農工商と庶民の身分も固定。職業は世襲が主となった。低い身分から抜擢されるケースもあるものの、能力だけでなく主君への忠義心が評価される時代になった。

これからの働き方を考えるヒントが歴史にある

信長、秀吉、家康と、それぞれで働き方がまったく異なるところが興味深いですね。武士や侍というと忠義に厚いイメージがありますが、それは近世、近代以降に根付いたイメージです(「武士道」という言葉が一般化したのも明治時代です)。伊勢津藩の初代藩主・藤堂高虎は「7度主君を変えねば武士とはいえぬ」と語るなど、実力をより高く評価してくれる主君に仕えることが戦国時代の常識だったのです。その流動的な働き方が時代と共に落ち着いていったわけですが、実はここに、これからの働き方を考えるヒントが隠されています。

成果主義から終身雇用へと働き方が変化した戦国時代

働き方1.0〜5.0とは

新しい働き方とは、そもそも何なのでしょうか。働き方の種類については現在さまざまな定義が試みられており、作家・橘玲氏は著書『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる(PHP研究所)』で以下のように提唱しています。

●働き方1.0

年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行

●働き方2.0

成果主義にもとづいたグローバルスタンダード

●働き方3.0

プロジェクト単位でスペシャリストが離合集散するシリコンバレー型

●働き方4.0

フリーエージェント(ギグエコノミー※)

(※)ギグエコノミーとは、単発の仕事を受注する働き方のこと

●働き方5.0

機械がすべての仕事を行うユートピア/ディストピア

日本は働き方1.0〜2.0、世界は働き方4.0

現在の日本社会では、働き方1.0から働き方2.0への過渡期にあるとされています。いうならば働き方1.5でしょうか。一方、世界では働き方4.0になっているといわれます。そう聞くと、日本はずいぶん遅れているように感じますね。でも、それは本当なのでしょうか?

働き方2.0→3.0→1.0と逆行した歴史の不思議

信長、秀吉、家康の各時代の働き方を、もう一度振り返ってみましょう。信長時代の働き方は明らかに成果主義。つまり、働き方2.0です。垣根を越えてチームを組んで働いた秀吉時代は、働き方3.0といえるでしょう。そして忠勤の代償にお家の安泰を保証された家康時代は、働き方1.0といえます。さて、ここで気になることが出てきました。時代が新しくなれば、働き方も新しくなるはずです。それなのになぜ、1.0、2.0、3.0ではなく、2.0、3.0、1.0の順に変化していったのでしょうか。

新しい働き方が求められる理由は、企業寿命にあった

「新しい時代に、新しい働き方が生まれる」という先入観

なぜ家康時代に働き方が“逆行”してしまったのか。この問いを考えるには、「新しい時代に、新しい働き方が生まれる」という先入観を捨てなければいけません

そもそも人類の歴史は、過去の繰り返しによって紡がれています。平和・争乱、好景気・不景気は有史以来、ずっと繰り返されていますし、ファッション業界では20年で流行が周期するともいわれます。世代が交代するために、過去のものでもその時代を生きる人にとっては新しく感じられるのです。

それは働き方でも同じです。働き方4.0のギグエコノミーにしても、江戸時代の庶民たちがすでに単発受注式の働き方を実践していました。働き方のパラダイムシフト(革命的な変化)は、機械がすべての仕事を行うという働き方5.0まで訪れないでしょう。

とはいえ、働き方1.0、2.0、3.0の順にせよ、2.0、3.0、1.0の順にせよ、働き方が変化していったのは事実ですね。問題は、その変化はなぜ起きるのかということ。次項からいよいよ本記事の核心に迫ります。

働き方が変化する理由を時代背景から知る

働き方の変化はなぜ起きるのか。まず、それぞれの時代背景を見てみましょう。

●信長時代の背景

群雄が割拠する乱世。「鳴かぬなら殺してしまえ」の時代。自分の主君も明日には討たれるかもしれず、いつ浪人になるかわからない。

●秀吉時代の背景

新たな時代の到来。「鳴かぬなら鳴かせてみせよう」の時代。昨日の敵も今日の友。何か新しい挑戦ができるのではないかとワクワクする。

●家康時代の背景

天下安寧の幕開け。「鳴かぬなら鳴くまで待とう」の時代。幕府や将軍様の御威光はゆるぎない。ならば目立って悪評を立たせるより、地道にコツコツ、お家の存続が一大事。

主君の将来が不安定なら成果主義、安定していれば終身雇用

3つの時代の違いは、信長と家康の時代を比べると顕著に表れています。信長時代は主君がいつ滅亡するかわからないのに対し、世の中が安定した家康時代は、主君に対して真面目に励んでさえいれば、安定した将来を手に入れることができました。

つまり、主君の将来が不安定なら成果主義に、安定していれば終身雇用を望んだのです。主君の安定性を現代に置き換えると、企業の寿命といえるでしょう。戦後、高度経済成長による目覚ましい発展を遂げた日本では、今日より明日が悪くなることはないと信じられ、終身雇用や年功序列制度が歓迎されました。

しかし、バブルと共に成長神話も崩壊。企業にも寿命があると多くの人が身をもって実感しました。東京商工リサーチによると、2018年の企業の平均寿命は23.9年です。新型コロナの影響で、寿命は一時的かもしれませんが短くなると予測されます。

自然の摂理として働き方が変化していく

定年退職まで50年働くとすると、企業の平均寿命はその半分にも達していません。それはつまり、いつ主君がなくなるかしれない信長時代といえるでしょう。新しい働き方が必要だ、働き方を変えなければいけない、というのは、グローバルスタンダードに従うためだけではないのです。その時代に適した働き方を選ぶこと。寒くなれば服を着て暑くなれば脱ぐように、自然の摂理として働き方が変化していくのではないでしょうか。

おわりに

働き方は常に新しくなっていくのではなく、時代によって選ばれるもの。この先、江戸時代のように安定した世の中になれば、終身雇用など働き方1.0が再び注目されるかもしれませんね。

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