
インターナショナル幼稚園の働き方
「この体制で土曜日の保育を続けるのは無理がある」
そう思って理事長に訴えても、最初は聞き入れてもらえませんでした。それでも実際に土曜日保育を経験し、何が危険なのか、なぜ続けることが難しいのかを一つずつ明らかにしていくと、最後には園の方針そのものを変えることができました。
インターナショナル幼稚園で働き始めた私が経験した、30年以上前の出来事です。
この記事は30年以上前の体験をもとにしたストーリーです。当時と現在では、幼稚園を取り巻く制度、労働環境、社会の考え方などが大きく異なります。現在の幼稚園やインターナショナルスクールの一般的な運営状況を示すものではありません。
物語を最初から読む方は「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」からどうぞ。登場人物については登場人物紹介にまとめています。
インターナショナル幼稚園編 STORY 05
前回は、外国人先生との職員会議で思うように発言できなかった私が、議事録に問題点と改善策を書き加えることで、自分の意見を伝えようとした話を書きました。
詳しくは「議事録を通じて職場改善する具体的な方法とは」をご覧ください。
今回はその続きです。通常保育が始まって迎えた、初めての土曜日。そこで待っていたのは、これまでとは別の問題でした。
登園日なのに外国人先生が誰も出勤しない
月曜日から金曜日までの通常保育が終わり、初めての土曜日を迎えました。
当時は現在ほど週休2日制が一般的ではなく、土曜日に半日保育を行う幼稚園もありました。この幼稚園でも土曜日は登園日です。
ところが、大きな問題がありました。
土曜日には外国人先生が一人も出勤しないのです。
「園児を登園させるのであれば、なぜ先生がいないのか。それなら土曜日を休園日にすべきではないか」
私は何度も田村理事長に訴えました。
返ってきたのは、「外国人先生との雇用契約は月曜日から金曜日までだから仕方がない」「日本の保育事情を考えれば土曜日も保育する必要がある」という説明でした。
外国人先生との契約を守ることと、土曜日に園を開けること。それぞれに事情があったのでしょう。しかし、実際に子どもたちを見る人員が足りなければ、現場に負担が集中します。
私が一番心配していたのは、仕事が忙しくなることではありません。
子どもたちを安全に保護者へ返せるのか。
それが何より不安でした。
約60人の園児を3人で見る初めての土曜日保育
土曜日は自由登園日だったため、園バスによる送迎はありません。
送迎がなければ、それほど多くの園児は来ないだろう。私はそう考えていました。
ところが、事前に申し込んでいた園児は約60人。当時の全園児数は約80人ですから、7割以上が登園することになります。
しかも年齢別ではありません。2歳児から年長児まで一緒です。
土曜日に子どもたちを見るのは、百合さん、理事長の姪の千春ちゃん、そして私の3人でした。さらに、保育経験があるのは私だけです。
約60人の園児に対して大人は3人。しかも年齢が異なり、保育経験者は私だけでした。この記事では当時の事実として紹介していますが、現在の施設運営にそのまま当てはめられる体制ではありません。
クラスごとに分かれて保育することはできません。そこで全員をお遊戯室に集め、合同で過ごすことにしました。
歌えばケンカが始まり、泣けば別の子から目が離れる
まずはピアノを弾いて子どもたちの注意を引き、みんなで歌います。
しかし、2歳児と年長児ではできることも興味を持つことも違います。ある年齢の子どもたちに合わせて運動をすれば、ほかの子どもたちは部屋の隅で待つしかありません。
退屈すれば動き回ります。そこからケンカが始まることもあります。一人が泣けば誰かが対応しなければならず、その間は別の子どもから目が離れます。
自然と役割が決まりました。
千春ちゃんは英語には長けていましたが、保育経験はありません。絵本の読み聞かせや手遊びなどは、結局私が担当します。
泣き声と叫び声が入り混じるなか、怒涛の3時間が過ぎていきました。
ようやく降園時間です。
最後の一人を保護者に引き渡したとき、最初に感じたのは達成感ではありません。
誰一人ケガをすることなく帰すことができた。
その安堵感でした。
慣れても「人手不足」という問題はなくならない
納得できなくても、翌週になればまた土曜日がやってきます。
1か月ほど経つ頃には、私たち3人も土曜日保育に慣れてきました。誰が何をするのかもわかり、最初の頃に比べればずっとスムーズです。
3人とも日本人だったため、意思疎通にも困りません。「次はこうしよう」「この子にはこう対応しよう」と、その場ですぐ相談できます。
外国人先生とのコミュニケーションに苦労していた私にとって、言葉が通じるだけで仕事がこれほど進めやすくなるのかと実感した時期でもありました。
ただし、仕事に慣れることと、問題が解決することは別です。
子どもが退屈すれば集中力が切れます。疲れれば不機嫌になります。目が届かなければ、ケンカや思わぬ事故につながるかもしれません。
お遊戯室だけで約60人を長時間過ごさせることには限界がありました。
晴れた日は園庭へ。現場でできる改善を重ねる
そこで考えたのが、天気の良い日は園庭で過ごすことでした。
園庭なら遊具もおもちゃもあります。室内より広く、子どもたちは自分の好きな遊びを選べます。
もちろん外遊びだから安全というわけではありません。遊具での事故や子ども同士のトラブルには注意が必要です。
それでも、この園の園庭は比較的見通しがよく、室内に約60人が集まるよりは全体の様子を把握しやすくなりました。
梅雨を迎える時期だったので、「土曜日だけは晴れてほしい」と本気で願っていたものです。
こうして現場でできる工夫を続けましたが、私の考えは変わりませんでした。
工夫して乗り切れるからといって、この体制を続けてよいわけではない。
土曜日保育そのものを見直す必要があると考えていました。
「大変だから」では理事長を説得できなかった
試行錯誤を続けながら、無事に1学期の終業式を迎えました。
8月は外国人先生が夏季休暇に入ります。2学期に向けて全員で話し合える日は、それほど多くありません。
議題は山ほどありましたが、私にはどうしても話し合いたいことがありました。
「2学期も土曜日保育を続けるのか」です。
GW明けから終業式まで約2か月。実際に土曜日保育を続けたことで、当初は予想でしかなかった問題が、具体的な事実として見えていました。
「忙しい」「疲れる」という個人的な不満ではありません。
実際に起きていることを並べると、問題の本質は保育体制そのものにあることが見えてきました。
理事長を動かしたのは感情ではなく現場の事実だった
私は改めて田村理事長に、土曜日保育を廃止できないか申し入れました。
しかし理事長は、「途中で方針を変えれば保護者の信頼を失う」と繰り返します。
確かに、一度「土曜日も保育します」と伝えたものを、園側の都合だけで変更するのは簡単ではありません。理事長には理事長なりの経営上の判断があったのでしょう。
それでも、現場で働く私には別の責任があります。
事故が起きてから「あのとき変えておけばよかった」と後悔しても遅いのです。
最後に出したカードは「私が土曜日に出勤しない」
考えた末に出した答えは、自分でもかなり思い切ったものでした。
「それなら、私は土曜日に出勤しません」
私の雇用契約には土曜日の勤務も含まれていました。当時の私はまだ有給休暇も取得できず、欠勤すれば給与から差し引かれると理解していました。
それでも、このまま土曜日保育を続けるよりはいい。そう考えて理事長に直訴しました。
もちろん、これは現在の職場で同じ行動を勧めるという意味ではありません。契約上の勤務日に自己判断で出勤しないことには、労務上の問題が生じる可能性があります。
私の場合は、そこまで言わなければ状況が変わらないと考えるほど追い詰められていた、という30年以上前の体験です。
一人で訴えるより、同じ事実を見た人の声が力になった
理事長を説得したのは、私一人ではありません。
毎週一緒に土曜日保育を経験していた百合さんと千春ちゃんも、説得に力を貸してくれました。
二人とも現場を見ています。
約60人の園児が集まったときの状況も、泣いている子どもへの対応も、ケンカの仲裁も、目を離せない緊張感も知っています。
私一人が「大変です」と訴えるだけなら、個人的な不満と受け取られたかもしれません。
しかし、同じ現場を経験した複数の人間が同じ問題を指摘すれば、話は変わります。
職場を改善したいときは、「つらい」「忙しい」だけで終わらせず、人数、時間、業務量、発生した問題、事故につながりそうな場面など、第三者にも確認できる事実を整理すると話し合いやすくなります。
最後には、田村理事長も土曜日保育の見直しを受け入れました。
2学期から、園の保育日は外国人先生の勤務日と同じ月曜日から金曜日までとなったのです。
ようやく土曜日保育がなくなりました。
今振り返ると、職場改善には「ファクト」が必要だった
30年以上たった今振り返ると、この経験から学んだことがあります。
職場の問題を変えたいとき、正論を言うだけでは人はなかなか動きません。
「危ないと思います」「人手が足りません」「このままでは無理です」と訴えても、それだけでは受け取る側との認識に差が生まれます。
一方で、「約60人が登園した」「担当者は3人だった」「年齢別の保育ができなかった」といった事実は、立場が違っても共有できます。
人を説得するときに必要なのは、声の大きさではなく、判断材料となる事実なのだと思います。
前回の話で私が議事録に問題点を書き続けたことも、今回の土曜日保育を実際に経験したことも、結果として「現場で何が起きているのか」を示す材料になりました。
感情を押し殺す必要はありません。しかし、感情だけで相手を動かそうとすると対立になりやすい。事実を整理し、「だから何を変えたいのか」まで具体的に伝える。そのほうが改善への話し合いにつなげやすくなります。
2026年の基準で見ると、土曜日勤務そのものが問題なのではない
ここで、30年以上前の体験と現在の制度を混同しないために補足しておきます。
2026年時点の労働基準法では、労働時間は原則として1日8時間、1週40時間以内とされ、少なくとも毎週1日の休日、または4週間を通じて4日以上の休日を与えることが定められています。
つまり、「土曜日に働く=法律上問題」というわけではありません。雇用契約や就業規則、勤務時間、休日の設定などを含めて考える必要があります。
また、現在の幼稚園設置基準では、一学級の幼児数は35人以下を原則とし、各学級ごとに少なくとも専任の教諭等を1人置くことが定められています。
ただし、この記事に登場する施設が現在のどの制度区分に該当するか、当時どの基準が具体的に適用されていたかなどを、この記事だけから判断することはできません。そのため、当時の運営が法令上適法だったか違法だったかをここで断定するものではありません。
30年以上前の出来事を現在の法律だけで評価するのではなく、「限られた人員で安全な運営を続ける難しさ」と「現場の事実を経営判断につなげる方法」という視点でお読みください。
職場を変えたいときは「問題」と「改善案」をセットにする
この経験は幼稚園に限った話ではありません。
人手不足、無理なシフト、特定の人への業務集中、昔から続いている非効率なルールなど、職場には「おかしいと思っているのに誰も変えないこと」があります。
そんなときに、いきなり「やめるべきです」と結論だけをぶつけても、経営者や上司は動きにくいものです。
まずは、何が起きているのかを整理する。そのうえで、どう変えれば問題を減らせるのかを提案する。
- 現場で起きている事実を記録する
- 安全・品質・時間・コストなどへの影響を整理する
- 個人の不満と組織の問題を分ける
- 現実的な改善案を考える
- 同じ問題を認識している人とも情報を共有する
私の場合は、最終的に「土曜日保育をなくす」という結論になりました。
しかし本当に大切だったのは、最初から結論を押しつけることではなく、実際の運営を通して「なぜ見直す必要があるのか」を明らかにできたことだったと思います。
まとめ|理事長を説得できたのは、現場の事実を積み重ねたから
外国人先生が出勤しない土曜日に、約60人の園児を3人で見る。最初の土曜日を迎える前から、私はこの体制に不安を感じていました。
けれども、「不安だからやめたい」と言うだけでは理事長を動かせませんでした。
実際に土曜日保育を経験し、人数や役割、安全面の問題を一つずつ確認したことで、ようやく「このまま続けるべきではない」という判断材料がそろったのです。
職場の問題を変えるには勇気も必要です。
でも、勇気だけでは足りません。
事実を集め、問題を整理し、改善案を示す。その積み重ねが、組織を動かす力になります。
土曜日保育がなくなり、少しだけ働きやすくなったインターナショナル幼稚園。しかし、問題はこれで終わったわけではありません。
次回は、契約を重視する外国人先生たちと、日本的な「ちょっと手伝って」という感覚とのズレに直面します。

続く
「英検2級の実力しかない私が、20年以上英語教育に携わってきた話」は、主人公・高山杏の体験をもとにしたフィクションです。人物名や設定には創作を含みます。

